2009年01月02日

失業言えずに、帰省とりやめる・・・

失業言えず、帰省とりやめ」ハローワーク臨時窓口で

 全国の主要なハローワークで30日、今年最後の相談窓口が開かれた。

 当初、年内は27日が最終日だったが、要望が高いことから急きょ予定を変更して29、30の両日に臨時で開設、2日間で計約1万8000人が詰めかけた。

 東京新宿の東京キャリアアップハローワークを訪れた男性(23)は今月21日に失業した。期間従業員として働いていた埼玉県狭山市の自動車工場の契約が更新されず、寮も1月12日までの退去を求められている。

 2時間半に及ぶ相談の結果、千葉県内の雇用促進住宅2軒を紹介されたほか、国の特別融資制度を利用すれば民間住宅を借りられることも教えられた。

 仕事はまだ見つかっていない。北海道に住む両親には失業を伝えておらず、帰省も取りやめた。男性は「初詣でで拝むことなんかない。三が日は寮で部屋を探します」と表情を曇らせていた。(読売新聞)
posted by バチュラ at 10:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
入村した人たちの多くは、所持金がほとんどなく、元日は二百二十三人が日比谷公園内に五十以上のテントを張り、夜を明かしました。日が落ちると冷え込みが厳しく、「毛布一枚で寒くて眠れない」などの声が入村者から聞かれました。

 湯浅氏は「テントや毛布、医療ボランティアが不足しています。このままでは、凍死者も出かねない状況です」と事態の深刻さを訴えました。

 衰弱した入村者も多く、元日には、派遣村にたどり着いたとたんに顔面そう白になって倒れこんだ男性など三人が救急車で病院に運ばれました。

 緊急の「村民集会」が二日、日比谷公園内で行われ、湯浅氏が「『派遣切り』でこういう事態になることは、分かっていたはずだ」と政府の対応を批判。冬休み中の学校体育館の開放などによる緊急対応を求めました。

 「五日までみんなで乗り切り、就労や生活保護などその後の生活につなげていこう」と呼びかけると、村民やボランティアから大きな拍手が起こりました。

 「自分自身も求職中です」という男性(48)は、調理経験を生かして炊き出しの助け合いに参加。「一度に五百人分くらいを用意しているが、すぐなくなる」といいます。

 栃木県の日立の工場を昨年十二月二十五日に「派遣切り」された男性(29)は、「カプセルホテルを泊まり歩いたが、所持金が尽きました」。派遣村には、元日の夕方に到着しました。「すぐに仕事につきたい」と履歴書を持参しましたが、「四年前、トヨタ系の関東自動車(岩手県)で働いて、過労で倒れたことがある。健康に続けられる仕事を探したい」と話します。

 年越し派遣村では、運営資金やテント、毛布のカンパを呼びかけています。名古屋市の過労死遺族から「二度とこんな働かされ方がないように」と十万円がおくられるなど支援が広がっています。
(しんぶん赤旗より引用)

こんな記事もありました。。

どんな国になるのか不安でいっぱいですね・・・
Posted by koto1177 at 2009年01月03日 22:11
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